相撲における判定の公平性を保つ上で、現代では欠かせない存在となっているのがビデオ判定です。しかし、この制度がいつからどのように導入され、どのような役割を担っているのか、正確に理解している方は少ないかもしれません。この記事では、相撲のビデオ判定について、その歴史から現在の運用、そして今後の展望までを詳しく解説していきます。AIが発達した現代において、なぜビデオ判定が完全には勝敗を決めきらないのか、その疑問にも迫ります。

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相撲のビデオ判定とは?「物言い」との関係を解説
相撲のビデオ判定を理解するためには、まず「物言い」という伝統的な制度を知る必要があります。この二つの要素は密接に連携し、勝敗の決定に大きな影響を与えています。
相撲における「物言い」とは何か?
物言いとは、大相撲において、行司が下した判定(軍配)に対し、審判委員や控え力士が異議を唱えることを指します。これは、勝負の判定を正しく、公平に決定するための重要な制度です。異議を感じた審判委員や控え力士は、直ちに意思表示をし、協議に入らなければなりません。行司は物言いを拒否することはできません。協議が合意に達すると、行司の軍配の如何にかかわらず、審判長から改めて勝負の結果が発表されます。
ビデオ判定が導入される前の「物言い」での判定はどうしていた?
ビデオ判定が導入される以前の「物言い」では、主に審判委員と控え力士の目視による判断が重視されていました。彼らが土俵上で協議を行い、それぞれの見解を出し合い、最終的な結論を導き出していました。しかし、人間の目による判断には限界があり、特に際どい勝負では誤審の可能性も存在しました。講談などでは、江戸時代に強引な物言いがつき、観客が不満を抱くような話もあったとされます。明治時代や大正時代にも、検査役の意見がまとまらずに深夜まで協議が続くケースや、観客が大混乱するような出来事も記録されています。
「物言い」とビデオ判定の連携で何が変わったのか?
ビデオ判定が導入されたことで、「物言い」の際の判定精度は飛躍的に向上しました。現在では、物言いの際にはビデオ室と連絡を取り、ビデオ映像も参考にしながら協議が進められます。これにより、肉眼では捉えきれなかった瞬間の動きや、微妙な体の位置などを客観的に確認できるようになりました。ビデオ判定はあくまで判定の参考として用いられ、審判の経験や知識も重要視されますが、より正確な判定が可能となり、誤審を防ぐ効果が期待されています。この連携により、公平性が高まり、観客の納得感も得やすくなっています。
相撲のビデオ判定はいつから導入された?その背景と経緯
相撲界におけるビデオ判定の導入は、他の多くのスポーツに先駆けて行われました。その背景には、ある歴史的な誤審が大きく関係しています。

相撲にビデオ判定が導入されたのはいつ?
大相撲におけるビデオ判定は、1969年に初めて導入されました。当初は「写真判定」と呼ばれていました。他のプロスポーツでビデオ判定が導入される動きが見られるようになった2000年頃よりも、約40年も早く導入されたことになります。
ビデオ判定導入のきっかけや背景は何だったのか?
ビデオ判定導入の直接的なきっかけは、1969年3月場所2日目の横綱大鵬さんと前頭筆頭戸田さん(後の羽黒岩さん)の一番です。この取組で、土俵際に追い詰められた大鵬さんを追う戸田さんの右足が俵を踏み越え、ほぼ同時に大鵬さんの体が土俵を割るという際どい勝負となりました。行司の22代式守伊之助さんは大鵬さんに軍配を上げましたが、審判から物言いがつき、協議の結果、大鵬さんが先に土俵を割ったという結論になり、行司差し違えで戸田さんの勝ちとなりました。しかし、この時の中継映像では戸田さんの足が先に出たように見え、「世紀の大誤審」として騒がれ、日本相撲協会には抗議が殺到しました。この一件を受け、日本相撲協会は翌場所から判定の参考としてビデオを使用することを決定しました。
日本相撲協会広報部の資料によると、協会は以前からビデオ判定の準備を進めており、1969年1月場所ではNHKのテレビ画像をビデオテープに収録して勝負判定の補助とする試験を行い、良好な結果を得ていたとされています。そのため、1969年5月場所から本格的な実施を予定していた矢先に、大鵬さんと戸田さんの一番での誤審が起きた形となります。
導入当初の反応や評価はどうだったのか?
導入当初、ビデオ判定は「写真判定」という名称で呼ばれることが一般的でした。日本相撲協会は、当時の春日野審判部長(元横綱栃錦さん)が「写真判定採用は海乃山さんと琴桜さん戦が動機でもなければ、もちろん大鵬さんと戸田さん戦でもない。初場所前の記者会見後みんなで話し合って、最も近い時期を選んでということで、夏場所から実施することに決めたものだ」とコメントし、武蔵川理事長(元幕内出羽ノ花さん)も全面的にバックアップすると述べました。
導入当初は幕内だけの取組を対象に、NHKの大相撲中継の録画映像を参考にすることが決められました。当時の武蔵川理事長は、数年来の懸案であったこの問題を討議し、試験運用を経て本格実施に踏み切ろうとしていたと振り返っています。このように、ビデオ判定は誤審をなくし、より正確な判定を目指すために、相撲界が自主的に導入した画期的な取り組みとして評価されました。
相撲でビデオ判定が行われるケースとは?対象となる取組とポイント
ビデオ判定は、行司の裁定が疑わしい場合に限って行われます。どのような状況でビデオ判定が実施され、どのような点が確認されるのでしょうか。

ビデオ判定の対象となるのはどのような「物言い」か?
大相撲におけるビデオ判定は、行司の裁定に異議がある場合、審判委員が土俵上で協議する際に必要に応じて映像を確認する制度です。具体的には、対戦両者が微妙な体勢で土俵を割ったり、体が落ちたりした場合や、反則行為が疑われる場合などに物言いがつき、ビデオ判定の対象となります。控え力士も物言いをつけるための挙手をすることができ、その場合も審判委員は必ず土俵上で協議を行わなければなりません。
ビデオ判定で確認される具体的なポイントはどこか?
ビデオ判定では、主に以下のような具体的なポイントが確認されます。
- どちらの力士が先に土俵を割ったか
- どちらの力士の体が先に土俵に着いたか
- 「つき手」や「かばい手」、「勇み足」などの判断が難しい動作
- まげつかみなどの反則行為の有無
これらのポイントについて、ビデオ室からの映像を参考にしながら、審判委員が協議を行います。アマチュア相撲では、タブレット端末で4方向から撮影された映像を使い、審判団が集まって確認する形式が採用されている例もあります。
ビデオ判定の対象外となるケースはあるのか?
ビデオ判定は「物言い」がついた場合にのみ行われます。行司が軍配を上げ、審判委員や控え力士から物言いがつかなければ、ビデオ判定は行われません。また、ビデオ判定はあくまでも判定の参考として用いられるため、映像が必ずしも真実を映し出すとは限らないという見解もあります。審判の経験や知識も重要であり、ビデオ判定が万能ではないという考え方も存在します。
相撲のビデオ判定はどのように行われる?その流れと関わる人々
物言いからビデオ判定、そして最終的な結論が下されるまでには、明確な流れと役割分担があります。
「物言い」からビデオ判定までの流れを解説
「物言い」からビデオ判定、そして最終的な決定までの流れは以下の通りです。
- 行司の軍配: まず行司が勝負の軍配を上げます。
- 物言い: 行司の軍配に対し、審判委員や控え力士が異議を唱え、手を挙げます。
- 土俵上での協議: 物言いがつくと、審判委員が土俵に上がり、複数名で協議を行います。この際、行司は協議に参加できません。
- ビデオ室との連携: 協議の中で、必要に応じてビデオ室と連絡を取り、VTR映像を確認します。ビデオ室は、様々なカメラアングルやリプレースピードを用いて、得点や反則などの確認を行います。
- 審判長の場内説明: 協議が合意に達すると、審判長から勝負の結果が発表されます。この際、協議の内容や判断の根拠が説明されます。
通常、勝ち名乗りの時点で取組の勝敗は決することになっていますが、稀に勝ち名乗り後に物言いがつき、結果が覆ることもあります。
ビデオ判定に関わる審判員や関係者の役割とは?
ビデオ判定には、主に以下の人々が関わっています。
- 行司: 取組を裁き、軍配を上げます。物言いがついた際には協議には参加せず、審判の最終決定に従います。
- 審判委員: 土俵下で取組を監視し、行司の軍配に異議がある場合に物言いを行います。土俵上で協議を行い、ビデオ映像を参考にしながら判定を下します。彼らは勝負の判定を正しく、公平に決定する責任があります。
- 控え力士: 土俵下に控えており、物言いをつけるための挙手をすることができます。ただし、その後の協議には参加できません。
- ビデオ室の係員: 土俵とは別の場所で映像を確認し、審判委員の求めに応じて映像を提供します。様々なカメラアングルやスローモーション映像を用いて、審判の判断をサポートします。

「ビデオ室」の役割と実際の様子
**「ビデオ室」**は、大相撲の勝敗判定において、映像を通じて客観的な情報を提供する重要な役割を担っています。テレビ中継のVTR映像を参考にすることから始まったビデオ室は、現在では専用の設備を備えていると考えられます。過去の事例では、野球のビデオ判定において、ニューヨークで映像を判定するMLBの例が紹介されており、相撲でも同様に専門のスタッフが映像を詳細に確認していると推測されます。このビデオ室からの映像が、土俵上での審判委員の協議を補完し、より正確な判断を導き出す手助けをしています。
相撲のビデオ判定に対する様々な声と今後の展望
ビデオ判定は公平性を高める一方で、その運用や解釈について様々な意見が存在します。
ビデオ判定に対する肯定的な意見とメリットは?
相撲のビデオ判定には、以下のような肯定的な意見とメリットがあります。
- より正確な判定が可能になる: 誤審を防ぐ効果が期待でき、肉眼では捉えきれない瞬間の動きを確認できます。
- 公平性を高める: 観客の納得感を得やすくなり、判定の透明性が向上します。
- 伝統と現代の融合: 伝統的な「物言い」という制度に、現代のテクノロジーを導入することで、時代の変化に対応しつつ、相撲の魅力を維持することができます。
1969年の導入以降、多くの際どい勝負でビデオ判定が活用され、正確な判定に寄与してきました。
ビデオ判定に対する否定的な意見や課題は?
一方で、相撲のビデオ判定には、否定的な意見や課題も指摘されています。
- 映像の解釈による新たな誤解: 映像は必ずしも真実を映し出すとは限らず、解釈によっては新たな議論を生む可能性があります。特に「つき手」か「かばい手」か、「生き体」か「死に体」かといった判断は、依然として審判の主観が入りやすいとされています。
- 判定時間の延長: ビデオ判定に時間がかかり、相撲の流れを止めてしまうことがあります。
- 審判の権威の損なう可能性: ビデオ判定への過度な依存が、審判の経験や判断力を軽視することにつながるという懸念もあります。
実際に、過去にはビデオ判定後も視聴者からの抗議が殺到したり、審判員の判断が紛糾したりする事例も発生しています。また、「体が残っている」という主観的な表現が残っていることに対する疑問の声もあります。
他のスポーツのビデオ判定と比較して相撲はどうか?
相撲のビデオ判定は、1969年という早い時期に導入された点で、他の多くのスポーツに先駆けています。例えば、ラグビーが2003年、サッカーが2018年のワールドカップから採用したことと比較しても、その先進性が伺えます。
他のスポーツにおけるビデオ判定の例としては、以下のようなものがあります。
- サッカー: VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)システムが導入され、主審をサポートします。主な判定対象は得点、ペナルティキック、レッドカードなどです。
- ラグビー: TMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)と呼ばれるシステムが、主に得点に絡むシーンで使用されます。
- テニス: ホークアイと呼ばれるシステムが、ボールの軌跡を解析し、ライン判定などに使用されます。
- 野球: リクエスト制度として、監督が判定に疑問がある場合にビデオ判定を要求できます。
これらのスポーツでは、ビデオ判定の目的や方法、導入範囲がそれぞれ異なりますが、公平性を高めるために重要な役割を果たしています。相撲のビデオ判定は、これらのスポーツとは異なり、伝統的な「物言い」の制度に組み込まれている点が特徴的です。

相撲におけるビデオ判定の今後の可能性と課題
相撲におけるビデオ判定は、今後もその運用が議論されるでしょう。AIが発達した現代において、ビデオ判定を使えばすぐに勝敗が分かるように思えるにもかかわらず、なぜ完全には使われないのか、という疑問も生まれます。これは、大相撲では行司さんが審判のような役割を果たすという伝統的な側面が大きく影響していると考えられます。ビデオはあくまで参考程度で、その場にいる審判員の親方の目を重視するという考え方が根底にあるからです。
今後の可能性としては、より多角的なカメラアングルや、高速カメラの導入など、映像技術のさらなる進化によって、判定精度が向上する可能性が考えられます。また、アマチュア相撲でのタブレット端末を活用したビデオ判定の試みのように、より手軽で迅速なシステムが導入される可能性もゼロではありません。
しかし、その一方で、あくまで相撲は「人情相撲」のような側面も持ち合わせる伝統的な興行であるという考え方もあります。ビデオ判定の導入が、相撲の持つ独特の文化や雰囲気を損なわないように、慎重な議論が求められます。相撲の伝統と公平性の追求という二つの要素をいかに両立させていくかが、相撲のビデオ判定における今後の大きな課題となるでしょう。
大相撲でビデオ判定があまり使われない理由についてのまとめ
- 相撲のビデオ判定は公平性確保に不可欠である。
- 物言いとは行司の判定への異議申し立てである。
- ビデオ判定導入前は目視のみでの判断であった。
- ビデオ判定導入で物言いの判定精度が向上した。
- 大相撲のビデオ判定は1969年に導入された。
- 大鵬・戸田戦の誤審が導入のきっかけである。
- ビデオ判定は審判委員の協議で映像を参考とする。
- 審判員とビデオ室係員が判定に関わる。
- ビデオ判定には時間延長や権威損なう課題がある。
- 伝統と公平性の両立が今後の課題である。
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